母の日とお花とカラー

母の日とお花とカラー

2018年3月29日

世界中の母の日

母の日の考え方は、決して日本だけではありません。 様々な国で、どのような母の日の事情があるのか確認してみましょう。


【 出典元:パティスリーニコ 】

【スペインの場合】

ここスペインにも母の日 Dia de la Madre (ディア デ ラ マドレ) はあります。スペインでは5月の第1日曜日です。スペインでは昔、12月8日が「母の日」でした。しかし、1965年からは5月の第1週ということに変わったということです。

スペインの子供たちは、母の日が1週間前になると、学校で特別なプレゼントを作ったりします。 バレンタインデーなどのように商業的なニオイがしない訳ではありませんが、それでも、お母さんを感謝する日があるということはいいことではないでしょうか。父の日も同じように盛大にお祝いするのかな?と思いきや、そうでもないらしいですが。

【中国の母の日】

「母の日」は米国から始まり、世界のほかの国々も5月の第2日曜日を「母の日」に設定しているようです。そして、ここ中国でも、 5月の第2日曜日を「母親節(ムーチンジエ)」としてお祝いをしています。

中国でも、他国の影響を受けて母の日が随分定着しています。 台湾から大陸へという順で広がってきたようで、今の台湾ではかなり盛大なようです。 プレゼントには、日本と同じくカーネーションを贈ったりします。 赤・ピンク・白といろいろな色を贈ったりしますが、その中で一番人気は、赤いカーネーションです。

街には花売りや、屋台が街に溢れ、カーネーションの飾りが街や店舗施され、「母の日セール」や「母の日限定」といった特別企画もどこかしこに見ることができます。

この日離れて暮らしているお母さんに電話をしたり、一緒に食事へ行ったりと親孝行し、それほど日本と変わらない光景があります。

【ポルトガルの母の日】

ポルトガルでは、どのように母の日と向きあっているのでしょうか。ポルトガルの母の日Dia das Mãesは、毎年5月の第一日曜日です。

この日はラジオでは、何度も「Feliz Dia da Mãe!」 (フェリス・ディア・ダ・マエ!母の日おめでとう!)と繰り返し、お母さんに対してもメッセージも一杯流れています。ポルトガル人にとって「母親」は絶対的な存在です。 日本では母の日にはカーネーションを贈るというイメージがありますが、ポルトガルでは決まったお花はなく、洋服やアクセサリー、チョコレートといったものを贈ることも多いようです。

メッセージを書いて渡す習慣もあり、実際には一番メッセージが喜ばれているようです。ポルトガルは、家族のつながりをとても大事にする人たちなので、いつもいつも家の中をしっかりまとめているお母さんは偉大な存在であり、かつ誰も逆らうことができない存在なのです。

お母さんを大事にして、母の日には、しっかりその想いを伝える、思いやる気持ちを持つということは、ポルトガル人が教えてくれている人生にとって大切なことです。

【韓国の母の日】

韓国では、母の日eobeoi nalは、日本のように母の日、父の日と分かれておらず、毎年5月8日が両親の日「オボイナル」と定められています。

もともと母の日だけあったそうですが、父の日がないのはおかしいということより、1973年から両親の日と変更されたということです。韓国でもカーネーションは定番です。

【フランスの母の日】

フランスでは、母の日La fête des Mères /ラ フェット デ メール)は、 5月の最終の日曜日ということです。ただしてペンタコットの祝日と重なり、6月にずれることもあるということです。

Pivoine (ピヴォワンヌ・牡丹・芍薬)をプレゼントする習慣があるということです。 ちょうどこの時期の花で、そして美しく、気高く、女性らしい、母の日に贈るのにふさわしい花ということではないでしょうか。

大輪のピボワンヌはゴージャスで人気がとてもあります。

【アメリカの母の日】

アメリカの母の日Mother’s Day(マザーズ デイ)は、 日本は同じ、5月の第2日曜です。それは、日本が、アメリカの母の日に習ったという言い方ができます。アメリカでは、1914年に母の日が制定されました。 そもそもカーネーションを贈る習慣も、アメリカにしたがったものです。

アメリカの母の日のはじまりは、Anna Jarvisアンナジャービスという女の子が、亡くなったお母さんを追悼したことからはじまったと言われています。アンナは、そのとき、愛する亡きお母さんに対して、白いカーネーションをプレゼントしたと伝えられています。

日本において、母の日は、大正時代に伝わることになります。キリスト教関係者たちを中心にして、母の日は提案されることになります。昭和6年、皇后様の誕生日である、3月6日で、母の日だったのですが、 その後全国規模で、母の日が定着することになり、戦後、アメリカに従い、5月の第二日曜とされることになります。

いかがでしょうか。世界中の人たちが、お母さんに感謝していることが理解できたのではないでしょうか。